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東京地方裁判所 平成9年(ワ)4894号 判決 2000年4月27日

原告

田中英二

原告

小村年則

右両名訴訟代理人弁護士

鴨田哲郎

被告

東日本旅客鉄道株式会杜

右代表者代表取締役

松田昌士

右訴訟代理人弁護士

西迪雄

向井千杉

冨田美栄子

主文

一  被告は原告田中英二に対し、二万三一三五円及びこれに対する平成一〇年五月一四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告小村年則に対し、四万二〇二一円及びこれに対する平成八年一〇月四日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告田中英二(以下「原告田中」という。)に対し、五九万四七二八円及び内金五五万円に対する平成七年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による、内金二万三一三五円に対する同月二六日から支払済みまで年六分の割合による、内金二万一五九三円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による、各金員を支払え。

二  被告は、原告小村年則(以下「原告小村」という。)に対し、六一万一六三一円及び内金五五万円に対する平成七年四月二五日から支払済みまで年五分の割合による、内金四万二〇二一円に対する同月二六日から支払済みまで年六分の割合による、内金一万九六一〇円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による、各金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、労働基準法(平成一〇年法律第一一二号による改正前のもの。以下「労基法」という。)三二条の二に基づく、一か月単位の変形労働時間制を採る被告において、事業所の長が、所属社員(従業員)である原告らについて、変形労働時間制の対象となる単位期間(以下「変形期間」という。)の開始前にした当該期間中の勤務指定を、当該期間が開始した後に変更する命令を通知したものにつき、原告らが被告に対し、右命令は労基法三二条の二に違反する無効のものであるから、右命令に基づいて原告らが従事した労働は所定外労働に当たると主張して、右労働時間について算定した割増賃金及びこれと同額の付加金の支払を求めるとともに、右命令は不法行為にも当たると主張して、慰謝料の支払を求めるものである。

二  争いのない事実等

1  当事者等

(一) 被告は、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)が経営していた旅客鉄道事業のうち東北及び関東の各地方に係るものを引き継いで昭和六二年四月一日発足した旅客鉄道会社であり、原告らは、被告東京地域本社の所管下の事業所である横浜土木技術センター(横浜市西区所在。以下「センター」という。)に所属する被告の社員である。

(二) センターは、土木工事の設計、積算、監督、これに付随する測量、検査等を主な業務としていたが、平成七年当時、センターには、その長である鈴木守夫所長(以下「鈴木所長」という。)のほか、合計三〇名の社員が所属し(うち五名が助役)、原告田中は施設技術主任、原告小村は小田原事務所施設技術係の各地位にあった(乙二、一三、弁論の全趣旨)。

(三) 原告らは、いずれも、国鉄労働組合(以下「国労」という。)東京地方本部横浜支部横浜土木技術センター分会(以下「分会」という。)の組合員である。

2  被告における労働時間等の定めの概要

被告の就業規則(昭和六二年社達第四号、ただし、平成九年社達第三二号による改正前のもの。以下「被告就業規則」という。)及びこれに付属する賃金規程(昭和六二年人達第八号、ただし、平成九年人達第八号による改正前のもの。以下「被告賃金規程」という。)によれば、平成七年当時、労働時間等について、次のような定めがされていた(乙三)。

(一) 被告就業規則の定め

(用語の定義)

五三条

本章における用語の意義は、次の各号に定めるとおりとする。

(1) 「所定労働時間」とは、六三条一項及び二項に基づきあらかじめ割り振られた労働時間をいう。

(以下略)

(勤務指定)

六三条

会社は、労基法三二条の二の規定に基づく社員の翌月及び翌月各日の所定労働時間、翌月各日の始終業時刻及び休憩時間の配置、翌月の休日等を毎月二五日までに勤務指定表により指定する(以下「勤務指定」という。)。この場合、一か月を平均して一週間の労働時間が四四時間を超えない範囲で指定する。

(中略)

2 会社は、業務上の必要がある場合、指定した勤務及び指定した休日等を変更する。この場合、会社は、速やかに関係社員に周知する。

なお、公休日を変更する場合は、前日までに振り替える。

3  第一項に規定する一か月の起算日は、毎月一日とし、その単位は毎月一日から末日までとする。

(時間外及び休日等の労働)

六六条

会社は、労基法三三条一項の規定に該当する場合又は同法三六条の規定に該当する場合は、労基法三二条の二又は同法三五条の規定にかかわらず、社員に労働時間外又は公休日に臨時に勤務を命ずることがある。

2 会社は、前項の規定にかかわらず、業務上の必要がある場合、所定労働時間外又は休日等(公休日を除く。)において、労基法三二条の二に規定する労働時間に達するまで、社員に臨時に勤務を命ずることができる。

3 (中略)

4  社員は、前各項の規定に基づき臨時の勤務を命ぜられた場合、正当な理由がなければ、これを拒むことはできない。

(非番の付与)

六七条

会社は、前条の規定に基づき、社員が休日等に臨時に勤務した場合でその労働が二暦日にわたり七時間程度に達したとき又は所定労働時間外に臨時に勤務した場合でその労働が二暦日にわたりあらかじめ指定されている勤務の労働時間数を超え七時間程度に達したときは、翌日に非番を与えることができる。

(二) 被告賃金規程の定め

(賃金の支給日)

四条

賃金のうち、基本給、都市手当、扶養手当、住宅手当、職務手当、技能手当、看護婦・医療技師の初任給調整手当、学校卒業者の初任給調整手当及び別居手当は、毎月二五日にその月分を支給し、特殊勤務手当、割増賃金、日直・宿直手当、深夜呼出手当、行先地手当及び自動車行先地手当は、その月分を翌月二五日に支給する。(中略)

2(以下略)

(支給範囲)

九五条

交代制等勤務手当は、次の各号に定める社員が、次条の勤務種別により勤務した場合に支給する。

(1) 保線・電気関係等の屋外作業に従事する者

(以下略)

(支給額)

九六条

交代制等勤務手当の支給額は、勤務一回について次に定めるとおりとする。

(1) (中略)

(2) 勤務種別 変形(深夜時間帯をすべて含む場合又は深夜時間帯にかかり拘束時間一五時間以上の場合)

前条(1)号に掲げる者 一六〇〇円

(中略)

2 都市手当級地区分表(別表9)に掲げる地域において作業した場合の支給額は、前項に定める額に一五〇円を加える。

別表9(都市手当級地区分表)

該当地域 神奈川県横浜市・川崎市・鎌倉市・逗子市・横須賀市

(その他略)

(支給方法)

九七条

交代制等勤務手当は、夜間特殊業務手当、夜間看護手当、乗務員手当、自動車乗務員手当及び超過勤務手当と併せて支給しない。

2(以下略)

(割増賃金の種類)

一〇六条

割増賃金の種類は、次の各号に定めるとおりとする。

(1) 超過勤務手当

(2) 夜勤手当

(3) 祝日勤務手当

(4) 特殊勤務手当の割増

(単価)

一〇九条

超過勤務手当、夜勤手当及び祝日勤務手当を計算する場合の一時間当たりの単価は、次の各号に定めるとおりとする。この場合、一時間当たりの単価の計算額に一円未満の端数が生じた場合は、五〇銭以上は一円に切り上げ、五〇銭未満は切り捨てる。

(1) A単価 一時間当たり賃金額に一〇〇分の一〇〇を乗じたもの

(2) B単価 一時間当たり賃金額に一〇〇分の一三〇を乗じたもの

(3) C単価 一時間当たり賃金額に一〇〇分の三〇を乗じたもの

(4) D単価 一時間当たり賃金額に一〇〇分の一三五を乗じたもの

2(以下略)

(時間計算)

一一〇条

超過勤務手当、夜勤手当及び祝日勤務手当を計算する場合の時間計算は、休憩時間を除いた実労働時間によるものとし、それぞれ支給割合を異にする部分ごとに、各別にその月の全時間数によって計算する。なお、勤務が二暦日以上にまたがる場合は、勤務開始日の整理とする。

2(以下略)

(割増賃金の端数処理)

一一〇条の二

超過勤務手当、夜勤手当、祝日勤務手当及び特殊勤務手当の割増の支給額に、一円未満の端数が生じた場合は、五〇銭以上は一円に切り上げ、五〇銭未満は切り捨てる。

(支給範囲及び支給額)

一一一条

超過勤務手当は、社員が、正規の勤務時間外(公休日、特別休日、調整休日、非番及び代休を含む。以下略)に勤務した場合に支給する。(以下略)

2 超過勤務手当の支給額は、次の各号に定めるとおりとする。

(1) 公休日、特別休日、調整休日及びこれらの代休に臨時に勤務した場合の超過勤務手当の支給額は、それらの日の超過勤務時間一時間につきD単価の額とする。

(2) 前項に定める日以外に臨時に勤務した場合の超過勤務手当の支給額は、超過勤務時間一時間につきB単価の額とする。(以下略)

(勤務変更に伴う取扱い)

一一二条

正規の勤務時間外に臨時に勤務させ、これに対し代休若しくは非番を与えた場合の超過勤務手当の支給については、正規の勤務時間外に勤務させた時間数にA単価を乗じた額を超過勤務手当から控除する。ただし、正規の勤務時間外に勤務させた時間数が一日当たり労働時間数を超える場合においては、その時間数は一日当たり労働時間数とする。(以下略)

3  原告らに対する勤務指定の変更等

(一) 鈴木所長は、被告就業規則六三条1項に基づき、平成七年二月二五日付けの勤務指定表により、原告らを含むセンター所属の社員について、同年三月(同月一日から同月末日までの一か月)を変形期間とする勤務指定をした。右勤務指定は、①原告田中に対し、同月一五日は八時三〇分から一七時までの勤務(労働時間 七時間三〇分)、同月一六日は八時三〇分から一七時まで(労働時間 七時間三〇分)及び二二時から翌日六時三〇分までの勤務(労働時間 七時間三〇分、以上による一六日分労働時間 合計一五時間)、同月一七日は非番とし、②原告小村に対し、同月一五日は八時三〇分から一七時まで(労働時間 七時間三〇分)及び二二時から翌日六時三〇分までの勤務(労働時間 七時間三〇分、以上による一五日分労働時間 合計一五時間)、同月一六日は非番、同月一七日は八時三〇分から一七時までの勤務(労働時間 七時間三〇分)とするものであった。

(二) 鈴木所長は、被告就業規則六三条2項に基づき、変形期間の開始後、前記勤務指定を、①原告田中に対し、同月一五日は八時三〇分から一七時まで(労働時間 七時間三〇分)及び二二時から翌日六時三〇分までの勤務(労働時間 七時間三〇分、以上による一五日分労働時間 合計一五時間)、同月一六日は非番、同月一七日は八時三〇分から一七時までの勤務(労働時間 七時間三〇分)と変更する旨、②原告小村に対し、同月一五日は八時三〇分から一七時までの勤務(労働時間 七時間三〇分)、同月一六日は八時三〇分から一七時までの勤務(労働時間 七時間三〇分)及び二二時から翌日六時三〇分までの勤務(労働時間七時間三〇分、以上による一六日分労働時間 合計一五時間)、同月一七日は非番と変更する旨、それぞれ命令し(原告らに対する右各命令を以下「本件各命令」という。また、このうち、原告田中に対して同月一五日の二二時から翌日六時三〇分までの勤務を命じた部分を以下「本件A変更部分」、原告小村に対して同月一六日の八時三〇分から一七時まで及び二二時から翌日六時三〇分までの勤務を命じた部分を以下「本件B変更部分」といい、両者を併せて以下「本件各変更部分」という。)、原告らは本件右各命令による勤務をした。

4  原告らの一時間当たり賃金額

平成七年三月当時の原告らの超過勤務手当の計算の基礎となる一時間当たり賃金額は、原告田中が2372.82円であり、原告小村が2154.88円である。

三  争点

1  労基法三二条の二に基づく一か月単位の変形労働時間制の下での変形期間の開始後における勤務指定の変更の適否

2  原告らの被告に対する損害賠償請求権の有無

四  争点に関する当事者の主張

1  原告ら

(一) 変形期間の開始後における勤務指定の変更の適否

(1)ア 労基法三二条の二に定める一か月単位の変形労働時間制においては、変形期間の開始前の勤務指定によって特定した変形期間中の勤務日及び各日の労働時間帯を、変形期間の開始後に変更することは、一切許されない。

イ 労基法及び同法施行規則には、このような「変更」に関する規定は全く置かれておらず、この点は、一か月単位の変形労働時間制と同様に「定型的な」変形労働時間制といわれる、同法三二条の四に定める一年単位の変形労働時間制においても、事情は同一である。

他方、「非定型的」な変形労働時間制といわれる、同法三二条の五に定める一週間単位の変形労働時間制では、「日ごとの業務に著しい繁閑の差が生ずることが多く、かつ、これを予測した上で就業規則その他これに準ずるものにより各日の労働時間を特定することが困難である」限定された零細事業を対象とし、「緊急でやむを得ない事由がある場合」に限って、いったん通知(特定)した労働時間を変更することができるものとされている(同法施行規則一二条の五)。

すなわち、労基法は、業務の繁閑を予測することができ、この予測に基づく勤務割表によってあらかじめ勤務日及び各日の労働時間帯を確定し得る業態であることを前提に、変形期間を一か月単位又は一年単位とする定型的な変形労働時間制を、一日八時間制、一週間四〇(四四)時間制の例外として許容しているのであるから、これらの変形労働時間制においては、変形期間の開始後の「変更」を予定していないのである。

ウ 変形労働時間制は、就労の不規則による労働者の肉体的・精神的苦痛・生活の不規則を最小限に抑えた上で、労働時間の短縮のために、あるいは社会的・公共的必要のためにやむなく認められた制度である。であるからこそ、労働者の不利益を抑制し、その生活設計を損なわない法的・制度的担保として、勤務日及び各日の労働時間帯の特定が求められるのであるから、一か月単位の変形労働時間制における勤務日及び所定労働時間帯の特定要件は厳格に解されるべきである。このような場合に、変形期間の開始後にも変更条項を根拠に変更が容認されることになれば、前月二五日までにされる勤務指定は単なる予定に過ぎなくなり、労働者の生活設計を損なうこと甚大である。

(2) したがって、被告は、その採用する一か月単位の労働時間制の下において、変形期間の開始後に社員に対して特定された所定労働時間と異なる勤務を命じようとするなら、これを所定外労働として命じ得るに過ぎない。

鈴木所長は、平成七年三月一三日、本件各命令を発し、原告らは本件各命令による勤務を行ったが、本件各変更部分は、変形期間の開始前に特定した勤務内容を変形期間の開始後に変更したもので、所定労働時間の変更としては違法・無効なものといわざるを得ないから、原告らは、本件各変更部分により、勤務指定表によって特定された勤務内容と異なる勤務を行ったことに関し、原告田中につき七時間三〇分、原告小村につき一五時間の、各所定外労働に従事したことになる。

なお、被告は、列車遅延、事故、災害等の発生に対応しながら旅客の安全や安定した列車の運行を確保するという公共輸送業務上の特別の必要により、いったん行った勤務指定を変更せざるを得ない場合があるのは避けられない旨主張するが、被告が営む業務の特質による特別の必要については、被告の責任において、予備勤務者を待機要員として確保する等の方法によって対応すべきであり、社員に対し勤務指定の変更を命ずることによって対応することは許されない。

(3) 割増賃金の算定等

ア 以上のとおりであるから、原告らは、本件各変更部分による勤務を行ったことにより、被告に対し、割増賃金として、原告田中につき平成七年三月一五日の時間外勤務七時間三〇分に対する二万三一三五円(計算式2372.82円×1.30×7.5時間=23134.995円)及び原告小村につき同年三月一六日の時間外勤務一五時間に対する四万二〇二一円(計算式 2154.88円×1.30×15時間=42020.16円)並びにそれぞれこれらに対する弁済期の翌日である平成七年四月二六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

イ 被告は、本件係属後の平成一〇年八月初めころ、原告田中に対し四二四〇円、原告小村に対し三六四七円をそれぞれ弁済したので、原告らはこれを原告らの割増賃金債権の弁済期の後である平成七年四月二六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金債務に充当した(原告田中について一一一四日分、すなわち平成一〇年五月一三日分まで、原告小村について五二七日分、すなわち平成八年一〇月三日分までの各遅延損害金支払債務に充当)。

ウ 被告は、原告らに対する右各弁済額は本件各命令による勤務に基づく割増賃金等の差引合計額を算定した金額であると主張する。しかし、被告賃金規程一一一条1、2項、一〇九条1項(2)によれば、社員が正規の勤務時間外に勤務した場合、超過勤務手当を支給するとされているところ、ここにいう「正規の勤務時間」が変形期間の開始時に指定されていた勤務時間を指すことは明らかであり、原告小村の三月一六日の「正規の勤務時間」は〇時間であったが、本件B変更部分によって一五時間の勤務に就いているのであるから、超過勤務手当の対象となる超過勤務時間は一五時間であって、被告が原告小村の三月一六日の超過勤務時間を七時間三〇分として割増賃金の算定をしているのは失当である。

エ また、被告は違法な勤務の変更である本件各変更部分の結果、非番を付与することとなった日(原告田中につき三月一六日、原告小村につき三月一七日)について各七時間三〇分を控除時間として賃金を減額できるとして算定を行っているが、変形期間開始時に所定労働日とされていた右各日に原告らが就労しなかったのは、被告が会社都合による本件各変更部分によって前日に一五時間の勤務をさせたため、非番として就労を免除したからである。したがって、右不就労は「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当し、休業手当が支払われるべきものであり(労基法二六条)、さらに民法上は「債権者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキ」に該当し、原告らは一〇〇パーセントの賃金請求権を有するのである(民法五三六条二項)。

オ さらに、被告は、原告らが、被告から支払済みの交代制等勤務手当の返戻義務を負う旨主張する。交代制等勤務手当は、保線関係等の屋外作業に勤務種別として変形勤務で就労した場合に支給される手当であり(被告賃金規程九五条、九六条)、所定外労働に対する割増賃金とは異なるものであるが、併給しないことが定められている他の手当(夜間特殊業務手当、乗務員手当等)との対比からしても、その趣旨は通常の勤務に比し負荷が重い勤務に対する付加的・補償的給付として支給されるものであり、支給対象たる勤務が所定内労働として行われたか、所定外労働としてされたかは無関係であって、所定勤務であれば手当が支給されるのに、所定勤務より負担が大きい所定外労働の場合は手当が付かないというのは明らかに不合理であって、超過勤務と交代制等勤務手当との併給禁止規定は労基法上の割増賃金支払義務を免れる結果となり、明らかに違法である。

カ 仮に原告らの本件各命令による勤務に対する被告の賃金支払につき過払となっている部分があると認められるとしても、賃金を過誤により多額に支払った場合の清算方法としての賃金控除は労基法二四条との関係により支払時期と極めて接着した時期にされなければならないところ、本件において被告は所轄の横浜北労働基準監督署(以下「横浜北労基署」という。)から労基法違反として平成八年二月二七日に是正勧告を受けたのになお割増賃金の支払をしなかったのであり、被告がその後平成一〇年になって原告らに対する割増賃金を支払うに際し過払分の控除をすることは許されない。そして、原告らの所定外労働に対する割増賃金請求は一日単位で発生するものであり、本件において原告田中は三月一五日、原告小村は三月一六日の時間外労働の割増賃金を請求しているのであるから、これに対し他の日の支払済み賃金額が過払の状態となっていることをもって減額の理由とする相殺の主張をすることは労基法二四条により認められず、別訴をもって主張するしかないというべきである。

キ 原告らは前記のとおり所定労働時間が八時間以下と定められていた日に一日の法定労働時間である八時間を超えて労務を提供し、労基法三七条の法外残業を行ったが、被告はこれに対する割増賃金の支払をしないので、被告に対し、原告田中につき二万一五九三円(計算式 2372.82円×1.30×7時間≒21593円)及び原告小村につき一万九六一〇円(計算式 2154.88円×1.30×7時間≒19610円)の各付加金並びにこれらに対する本訴確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 原告らの被告に対する損害賠償請求権の有無

(1) 前記のとおり、一か月単位の変形労働時間制の下で、変形期間の開始前に変形期間中の勤務日及び各日の所定労働時間帯がいったん特定された以上、変形期間開始後にこれを変更することは許されない。

ところが、センターでは、業務上の必要を理由として、雨天等、天候による場合や、受注業者の工事の進捗状況による場合等を中心に、頻繁に、かつ勤務日の直前や場合によっては当日の時点に、勤務指定の変更が命じられる状況にあり、センター勤務の社員からは、このような勤務指定の変更の実態の改善を求める声が強く出されていたが、改善はされなかった。

そこで、原告らが所属する分会は、平成六年六月一六日、鈴木所長に対し、勤務指定の変更の実態が改善がされないなら、第三者機関に申告する旨通告をしたが、鈴木所長は、職場全員会議において今までどおり勤務指定の変更を行う旨発言し、分会と職場の要求を拒否したので、分会は、同月二七日、横浜北労基署に、被告が一か月単位の変形労働時間制の下で所定労働時間の特定後にこれを変更することは、労基法三二条の二に違反しているとして申告を行った。

センターの鈴木所長は、右の状況の下で、原告らに対し、平成七年三月一日から同月末日までの変形期間の開始後の同月一三日に、既に二月二五日に勤務指定表により特定された三月一五日から同月一七日までの勤務につき本件各命令を発し、原告らはこれによる勤務をし、原告田中につき七時間三〇分、原告小村につき一五時間の各所定外労働を行った。

(2) 横浜北労基署は、同月二〇日に、分会の申告に沿う見解を労使双方に示したが、被告は、過去に変更期間の開始後に変更を行った勤務について所定外労働とは認めず、割増賃金の支払もしない意向を示し、本件各命令による原告らに対する時間外割増賃金の支給日である平成七年四月二五日にも原告らに対する割増賃金の支払をしなかった。

(3) そこで、原告らは、同年五月一九日、横浜北労基署に対し、被告の時間外労働に対する割増賃金の不払につき申告を行い、横浜北労基署は、平成八年二月二七日、被告に対し、原告らに対して割増賃金を支払わないことは労基法三七条違反であるので、三月末までに未払の割増賃金を支払うよう是正勧告をした。

ところが被告は右是正勧告にすら従わず、原告らの割増賃金請求権につき消滅時効直前にまで至らしめたため、原告らは本訴提起のやむなきに至った。

(4) 被告は、横浜北労基署から是正勧告を受けた平成七年三月以後、本件各変更部分による原告らの勤務に対する割増賃金支払義務があることを十分に認識していたにもかかわらず、本訴提起後も理不尽かつ無謀な独自の見解を主張して徹底して争う姿勢に終始したため、原告らは訴訟上のみならず、訴訟外においても様々な活動の展開を余儀なくされており、「JR東日本の不払い超過手当を支払わせる会」を組織して、被告当局の不当な対応を多くの被告社員や労働者に知らせ、訴訟の支援活動への参加を求める活動を展開するなど、被告が横浜北労基署の是正勧告に従っていれば全く必要のなかったはずの、時間、労力及び費用を費やさせられている。

原告ら各自が、被告の右故意による割増賃金支払拒否の不法行為によって被った損害額は、それぞれ次のとおり各合計五五万円である。

① 精神的苦痛に対する慰謝料

二五万円

② 「JR東日本の不払い超過手当を支払わせる会」実費(郵送費、紙代及び会議室使用料等) 二五万円

③ 弁護士費用(着手金) 五万円

(5) よって、原告らは、被告に対し、不法行為による損害賠償として、それぞれ五五万円及びこれに対する不法行為の日である平成七年四月二五日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告

(一) 変形期間の開始後における勤務指定の変更の適否

(1) 労基法三二条の二に定める一か月単位の変形労働時間制は、従前の四週間単位の変形労働時間制が設けられた当時に比して第三次産業の占める比率が著しく増大した等の社会経済的情勢の変化に対応するとともに、労使が労働時間の短縮を自ら工夫しつつ進めていくことが容易となるような柔軟な枠組みを設けることにより、労働者の生活設計が損なわれない範囲において労働時間を弾力化する等の配慮に基づき、従前の四週間単位の変形労働時間制を変更したものであり、これには、労働時間の短縮を促進するという政策目的がある。したがって、一か月単位の変形労働時間制に係る変形期間を平均し週法定労働時間の範囲内であっても、使用者の都合によって「任意」又は「恣意的」に労働時間を変更するような制度は、労働者の生活設計を損なうものであり、適法な一か月単位の変形労働時間制には該当しないとされるのである(昭和六三年一月一日基発第一号)。しかしながら、一か月単位の変形労働時間制に係る変形期間の開始後における勤務の変更であっても、業務の都合や労働者の欠勤等による臨時的な勤務の変更を行うべき具体的な必要性があり、かつ、就業規則等に定められる労働時間の変更の規定に従い、事前に勤務割表等の変更と明示した上変更後の労働時間の特定が行われる場合であって、勤務の変更後も変形期間を平均し週法定労働時間の範囲内に収まるときは、労働者の生活設計に対する影響は最小限度に抑えられることになるから、使用者が業務の都合によって「任意」又は「恣意的」に労働時間を変更するような場合には該当せず、変形期間の各日又は各週における労働時間の特定の要件はなお充足されるものと解される(安西愈「採用から退職までの法律知識」(五訂)一五六頁)。

そして、もし、一か月単位の変形労働時間制において変形期間の開始後は労働時間の特定の変更は一切許されないなどという原告らの見解による場合には、使用者としては、業務上の必要に基づく勤務の変更に対して、基本的に所定外労働を命ずることによって対処するほかなく、かくては、かえって当該労働者の勤務時間が長期にわたることとなって、労働者の生活設計上好ましくない事態が生じ得るのみならず、さらに使用者としては、労働者の年休取得による業務遂行への影響を懸念する余り、厳格な時季変更権の行使をもって対処せざるを得ないことになるなど、労働者の労働時間の短縮を促進するという変形労働時間制の採用の目的はかえって達成されないという誠に不合理な結果となる。

(2) そして、労基法三二条の二の規定の文言上も、勤務の変更による労働時間の特定の変更が一切否定されてはおらず、実際、変形労働時間制における時間外労働に関する行政例規(昭和六三年一月一日基発一号)は、一か月単位の変形労働時間制においては、法定労働時間よりも短い時間の労働時間が特定されている一日について、当該特定された時間を超過して労働が行われたとしても、なお一日当たりの法定労働時間の範囲内にとどまり、かつ、右超過労働によって一週間及び一か月における各法定労働時間の制限を超えない場合には、時間外労働には該当せず、割増賃金支払の対象とはならないという解釈を提示するが、これは、まさに、変形期間の開始後であっても、適法に勤務時間の特定の変更を行い得ることを前提とするものである。

それゆえ、一か月単位の変形労働時間制において、変形期間の開始後は労働時間の特定の変更は一切許されないなどという原告らの見解は、明らかに独断というべきである。

(3) 公共輸送業務たる鉄道事業を主体とする被告における事業運営に当たっては、その事業の特殊性から、基本的に一定の社員の出面を確保する必要があり、一か月単位の変形労働時間制に係る変形期間の開始後であっても、業務の都合や労働者の欠勤等による予測し得なかった事態が生じた場合には、不可避的に勤務操配を行う必要が発生することから、従前から、被告就業規則上、業務上の必要がある場合における労働時間の変更に関する規定が置かれ、被告は右規定に基づき、一か月単位の変形労働時間制が定める具体的な労働時間の範囲内で、かつ、事前に勤務割表等の変更と明示した上、改めて労働時間の特定を行い、もって、社員の生活設計が損なわれることのないよう措置してきたところであり、このような変形期間の開始後における労働時間の特定の変更に関する被告の取扱いは、合理性を持ったものとして社員及び労働組合によって支持され、格別の問題を生じることはなかった。

(4) 本件においても、鈴木所長は、変形期間の開始後における労働時間の特定の変更に関する従前からの取扱いに沿って、原告田中の勤務と原告小村の勤務とを交換的に変更したものである。本件各命令を発した具体的な事情としては、原告田中が、当時、根岸線・関内駅で施工されていた工事の監督者に指定されていたところ、原告田中の立会が不可欠であった同工事の竣工検査の日程が当初三月一六日に予定されていたのが同月一七日に変更されたことに基づくものである。当該変形期間の開始前に指定された原告田中の同月一七日の勤務内容は、前日からの日勤勤務に引き続く夜間作業明けとなる非番とされていたため、時間的には夜間作業明けに竣工検査に立ち会うことも可能ではあるものの、原告田中の疲労等を考えると、夜間作業に引き続き竣工検査に立ち会わせることは適当でないと判断して、鈴木所長において、同月二日、原告田中の同月一五日から一七日までの勤務と原告小村の同月一五日から一七日までの勤務とを交換的に変更する旨命令し、もって、原告田中が、同月一五日に日勤勤務後引き続き夜間作業に従事し、同月一六日は非番で疲労回復の後、同月一七日に日勤勤務により竣工検査に立ち会うことができるよう措置したのであるが、かかる勤務の変更の措置は、何ら不当なものではなく、原告らからも苦情が出されるようなことはなかった。

以上のとおり、本件における原告らに対する交換的な勤務の変更は、変形期間の開始後における労働時間の特定の変更に関する従前からの被告の取扱いに沿ったものであり、特に不当視されるべき性質のものではなかった。

なお、センターにおいては、同月三〇日以降、横浜北労基署から、変形期間の開始後に労働時間の変更をしてはならない旨の口頭指導を受けたことから、当面、変形期間の開始後の勤務の変更は一切行わないような措置を執ったが、それは、被告として、変形期間の開始後における労働時間の特定の変更に関する従前からの取扱いが不当であることを認めた趣旨でないことはいうまでもない。センターにおいては、横浜北労基署の口頭指導に従い変形期間の開始後における労働時間の特定の変更を一切行わないことにした結果、夜間作業が天候等によって中止された場合にも、翌日付与される非番を日勤勤務とする労働時間の変更をせず、あえて夜間作業の時間帯に設計作業や書類の整理等に従事させた上、夜間勤務明けに非番を付与するといった不自然な勤務形態が維持されることとなったが、これは、一か月単位の変形労働時間制の下では変形期間の開始後における労働時間の特定の変更は一切許されないとする原告らの見解の硬直性を示す実例というべきである。

(5) ところで、被告は、平成九年一月二八日、業務運営と社員の生活設計に対する配慮を両立させるとともに、総労働時間の短縮への取組みへの影響をより限定的なものにする目的で、原告らの所属する国労を初めとする関係組合に対して、「一旦指定した勤務及び休日等の取扱いに関する協定」の締結を提案し、同年九月一九日、東日本旅客鉄道労働組合との間で右協定が締結されるに至ったことから、同年一一月社達第三二号をもって被告就業規則を改正し、「指定した勤務については、別に定めるとおり取扱い、任意に変更しない。」(六三条3項)旨定めるとともに、右にいう「別の定め」として人事部長通達「一旦指定した勤務及び休日等の取扱いについて(通達)」(平成一〇年本人第一号通達)を発することによって、平成九年一一月二五日以降、従前における変形期間の開始後における労働時間の特定の変更に関する取扱いを、より一層労基法三二条の二の趣旨を実現させるよう改正した。なお、被告と国労との間では、国労の内部事情によって、いまだ右協定の締結は行われていないが、国労によっても、右の新しい制度運用に対しては評価が加えられている。

(6) 割増賃金の算定等

ア 前記(5)による新しい制度運用の下では、本件におけるような竣工検査の立会者の都合による場合には、変形期間の開始後における労働時間の特定の変更はできないことになったところから、被告は、新しい制度運用の趣旨を踏まえ、本件の早期解決を図るため、あえて原告らに係る勤務の変更(本件各命令)をもって労働時間の特定の変更とは取り扱わないこととし、被告就業規則中の関係規定その他労基法の解釈等に基づき、当初の勤務の指定を前提とした場合に所定時間外勤務となる部分について割増賃金を支払う等の措置を講じることとした。

イ 被告は、原告らに対し、本件各命令によって時間外労働となる後記ウの部分に対して割増賃金を支払うこととし、他方、後記エのとおり非番を付与していないものとして支払済みの賃金部分及び後記オのとおり原告らが所定の夜間作業に従事したものとして支払済みの交代制等勤務手当がそれぞれ過払となることから、これらを割増賃金額から控除することとし、別紙「支払額計算書」①②各記載のとおり原告らに対する割増賃金額等差引額を原告田中につき三五四〇円、原告小村につき三〇四五円と算定の上、平成一〇年七月三〇日、原告らに対し右各金員及びこれに対する支給日の翌日である平成七年四月二六日から原告らが右金員を受領し得る日より後の日であることが明らかな平成一〇年八月一〇日までの商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を付した額として原告田中につき四二四〇円、原告小村につき三六四七円を郵送し、そのころ原告らは各金員を受領した。

以上のとおり、被告は、本件各命令につき労働時間の特定の変更という取扱いをしないこととして、原告らに対し所定の割増賃金及びこれに対する遅延損害金を支払ったものであるから、被告に対して割増賃金の支払いを求める原告らの本訴請求は理由がない。

ウ 被告賃金規程一一一条は、社員が「正規の勤務時間外に臨時に勤務」した場合には所定の割増賃金を支払うことを規定するところ、原告らの勤務に関する本件各命令を労働時間の特定の変更とは取り扱わないこととする場合に、所定時間外勤務となる部分は、労基法中の関係規定の趣旨に沿って決するほかないが、同法三二条の二に定める一か月単位の変形労働時間制においては、法定労働時間よりも短い時間の労働時間が特定されている一日について、当該特定された時間を超過して労働が行われたとしても、なお一日当たりの法定労働時間の範囲内にとどまり、かつ、右超過労働によって一週間及び一か月における各法定労働時問の制限を超えない場合には、時間外労働には該当せず、割増賃金支払の対象とはならないと解される(昭和六三年一月一日基発第一号)。そして、被告における一日の所定労働時間は、法定労働時間よりも短い七時間三〇分であるので、本件においては、原告らがいったん特定された労働時間を超える勤務をした日であっても、七時間三〇分の範囲内では割増賃金支払の対象とはせず(原告田中の平成七年三月一七日の勤務)、これを超える時間についてのみ割増賃金支払の対象とする措置を執った(原告田中の同月一五日の勤務及び原告小村の同月一六日の勤務)。

エ 被告は、社員に対し休日又は所定労働時間外に臨時勤務を命じた場合において、その臨時勤務が二暦日にわたり七時間程度に達したときは、二暦日目の労働日に予定されていた勤務を免除し、社員に非番を付与することができる(被告就業規則六七条)とする取扱いをかねてより行ってきたが、これは二暦日にまたがる夜間臨時勤務の遂行に伴う社員の疲労等に配慮し、とくに二暦日目である翌日に予定されていた所定勤務を免除することによって社員の疲労を早期に回復させ、もって以後の能率的な業務遂行の確保を図り、併せて労働時間の短縮という労基法の要請にも答えようとする趣旨に基づくものである。それゆえ非番の付与は当該社員の事情を重点的に考慮した取扱いであって労基法二六条にいう使用者の責めに帰すべき事由による休業とは全く事情を異にする。そして、被告賃金規程一一二条において、非番付与をした場合には賃金控除を行い、もって、割増賃金中のいわゆるプレミアム部分のみの支給を行うことが明定されているが、かかる賃金控除を伴う非番付与の制度は被告就業規則による裏付けの下に被告社員及び原告らの属する国労を含む全組合の了解を得て被告発足以来安定的に運用され、合理性をもった制度として確立されているところである。したがって、本件において非番付与に伴う賃金控除という取扱いをすることは、何ら、違法不当なことではない。

オ 被告における交代制等勤務手当は、昼夜を問わず列車の運行を確保するために必要となる鉄道運送業務等における勤務の変則制、特殊性等に配慮する観点から通常の日勤勤務者との均衡上、被告の労務上の裁量的施策として、労基法上の要請を超えた法定外の手当として特に支払うこととされているものである。そして、このような交代制等勤務手当は、被告賃金規程上、超過勤務手当等との併給は行わないこととされているが(九七条1項)、交代制等勤務手当が被告の労務上の裁量的施策に基づくものである以上、交代制等勤務手当と超過勤務手当の併給を行わないことも被告の裁量的施策の範囲内に属する事項である。したがって、本件各命令による勤務につき、変形期間の開始後における労働時間の特定の変更という取扱いをせず、所定の割増賃金を支払うこととするのに伴い、交代制等勤務手当と割増賃金との併給状態を回避するため、被告賃金規程九七条1項に基づき、支給済みの交代制等勤務手当を返戻させるべきものとする措置を執ることは、何ら、違法、不当なことではない。

カ 原告らは、賃金が誤納により多額に支払われた場合における精算方法としての賃金控除は接着した機会になされなければならない旨を主張するが、右の非番付与に伴う賃金控除、交代制等勤務手当の返戻という措置は、本件において変形期間の開始後における労働時間の特定の変更という取扱いをしないとしたことによって初めて生起した問題であり、しかも、被告は、原告らに対して所定の割増賃金を支払う際に、これらを精算する措置を執ったことに加えて、精算額も明らかに原告らの生活の安定を脅かすような程度のものではない額のものであることからすれば、被告の措置に労基法第二四条等の関係で違法、不当とされるような点は、全くないというべきである。

キ 原告らは、本件において労基法一一四条に基づく付加金の支払も併せて請求するが、付加金の支払義務は裁判所の命令によって初めて発生するものであり、裁判所の命令があるまでに使用者が未払金を支払い、義務違反の状態が消滅したときは、もはや裁判所は未払金の支払を命じ得なくなり、したがって、右付加金の支払いも命じ得なくなることは、確定した判例であり、本件において被告に対し付加金の支払を命じる余地はない。

(二) 原告らの被告に対する損害賠償請求権の有無

原告らは、被告に対し、本訴提起を余儀なくされたことに伴う損害賠償として、慰謝料、実費、弁護士費用等の支払を求めるが、本件は、要するに、一か月単位の変形労働時間制に係る変形期間の開始後における労働時間の特定の変更の可否及び限度に関して原告らと被告との間に法的見解の相違があったというに過ぎない事案であるから、被告は、原告らと異なる法的見解を採ったことをもって、違法、不法などと非難される筋合になく(前記のとおり、変形期間の開始後であっても労働時間の特定の変更を行い得るという被告の見解は正当であり、一か月単位の変形労働時間制に係る労基法三二条の二の規定を恣意的に解釈したなどと非難される余地はない。)、原告らが自己の見解の正当性を主張するために本訴提起をすることになったとしても、それに関連する費用等を被告に転嫁し得るものではないことはいうまでもない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(変形期間の開始後における勤務指定の変更の適否)について

1  本件各命令の経緯

争いのない事実等、証拠(甲五、六、三七、乙二、一三ないし一七、証人伊藤嘉道、同鈴木守夫、原告ら各本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 鈴木所長は、平成七年二月二四日、同月二五日付けの勤務指定表により、原告らを含むセンター所属の社員について、同年三月(同月一日から同月末日までの一か月)を変形期間とする勤務指定をした(原告らについての勤務指定の内容は、争いのない事実等の3(一)のとおり)。

(二) そのころ、被告の東京地域本社施設部(以下「本社施設部」という。)は、業者に発注して、根岸線の関内駅にエスカレーターを三基新設する工事(以下「本件工事」という。)を行っていたが、同工事は、既設の階段を取り壊して新たに基礎を作り、その上にエスカレーター設備を設置するという比較的規模の大きい工事であった。本件工事の監督業務はセンターの所管に属するため、鈴木所長がその責任者である監督員に指定されていたが、原告田中とその上司である石井健一助役が監督員を補佐するための監督者に指定され、専ら、右両名が監督業務の実務面を担当していた。

(三) 被告が業者に発注した工事が竣工した場合には、竣工日から一四日以内に、本社施設部の社員で検査員に指定された者が竣工検査を完了させることを要したが、本件工事は平成七年三月一三日に竣工の運びとなり、本社施設部工事課の課長代理田光誠二(以下「田光検査員」という。)が検査員に指定された。本件工事の竣工検査を田光検査員が実施するに当たっては、センター側から鈴木所長及び監督者、業者側から四、五名程度が、それぞれ立ち会うことになっていたが、監督者に指定されていた右助役が既に転出していたため、当時センター内で本件工事の詳細を把握していたのは原告田中のみであった。

(四) 同年二月末ころ、本社施設部工事課から鈴木所長に対し、本件工事の竣工検査を三月一六日に行いたいとの連絡があった。当時、センターの社員の三月分の勤務指定は既に行われた後であったが、鈴木所長は、本件工事の監督者である原告田中が右当日には日勤勤務に当たっていたため、都合がよいと判断し、その結果検査日が右同日に決定された。

(五) その後、本社施設部工事課から鈴木所長に対し、三月一六日は田光検査員に建設省その他の外部機関との会議の日程が入り、調整ができないので竣工検査日を同月一七日に変更するとの連絡があった。

ところで、原告田中に対してされた勤務指定では、三月一六日の日勤勤務に引き続き一七日にかけての夜勤勤務となっていたが、竣工検査には約一日程度の所要時間がかかることが予想されることから、原告田中が一七日の夜間作業明けに引き続き日勤勤務に就くことは、体力的に無理であると判断されたため、鈴木所長は、三月二日ころ、原告らに対し、本件各命令を通知した。それは、原告らが、いずれも、本件工事とは別の「山王口こ線人道橋拡幅工事」につき夜間作業の立会い責任者として指定されていたことから、両名の勤務を交換的に変更することが好都合と考えられたことによるものであった。

(なお、原告らは、鈴木所長が原告らに対し本件各命令を通知したのは三月一三日である旨主張するが、右主張に沿う甲第六号証及び原告小村本人の供述は乙第一六号証及び証人鈴木守夫の証言に照らして採用することができず、他に右認定を左右する証拠はない。)

(六) 本件工事の竣工検査は三月一七日の午前一〇時ころから午後六時ころまでの時間を要して終了した。

2  被告就業規則六三条2項について

(一) 被告就業規則六三条は、労基法三二条の二による一か月単位の変形労働時間制に関して定めているが、被告が原告らに対してした本件各命令による勤務指定の変更は、同条2項の「会社は、業務上の必要がある場合、指定した勤務及び指定した休日等を変更する。」旨の規定に基づくものである。

そこで、このような変更規定が、労基法三二条の二の規定する週、日の特定性の要件を満たすか否かにつき、以下に検討する。

(二) 一か月単位の変形労働時間制を初めとする労基法所定の変形労働時間制は、一定期間の枠内で総労働時間を不均等に配分することを必要とする事業経営上のニーズが増大するという社会経済情勢の変化に伴い、労働者の生活設計を損なわない範囲内において労働時間を弾力化し、併せて労働時間の短縮をも実現するという目的に基づくものと考えられる。

そこで、労基法三二条の二にいう「就業規則その他これに準ずるもの」による「定め」の意義を検討すると、右「定め」は、法定労働時間を超える日及び週がいつであるか、その日、週に何時間の労働をさせるかについて、これらをできる限り具体的に特定するものでなければならないものと解するのが相当である。このことは、同条が「その定めにより、特定された週において同項の労働時間又は特定された日において同条第二項の労働時間を超えて、労働させることができる」ものとしていることからも明らかであるが、要するに、一か月単位の変形労働時間制においては、使用者が日又は週につき法定労働時間を超えて労働させることが可能になるため、労働時間の過密な集中を招くおそれがあり、労働者の生活に与える影響が通常の労働時間制の場合に比して大きいことから、各日及び各週の労働時間をできる限り具体的に特定させることによって、労働者の生活設計に与える不利益を最小限にとどめる必要があるからである。

(三) それでは、一か月単位の変形労働時間制の下において、就業規則上、いったん特定された労働時間の変更に関する条項を置き、右条項に基づいて労働時間を変更することが、およそ、労基法三二条の二にいう特定の要件に適合しないものといえるであろうか。

この点については、就業規則に変更条項を置くことによって変更を行うことは、同条にいう「特定」の要件を満たすものではなく、あらかじめ特定した勤務時間を変更することはすべて時間外労働となるとする見解も考えられないではない。というのは、労基法三二条の二に定める一か月単位の変形労働時間制と同法三二条の五に定める一週間単位の変形労働時間制とを比較した場合、後者においては、労基法施行規則一二条の五第三項に「緊急でやむを得ない事由がある場合には、使用者は、あらかじめ通知した労働時間を変更しようとする日の前日までに書面により当該労働者に通知することにより、当該あらかじめ通知した労働時間を変更することができる。」との、労働時間の変更に関する定めが置かれているのに対し、一か月単位の変形労働時間制においては、このような変更に関する定めが置かれておらず、このような労基法及び同法施行規則の関係規定の対比からすれば、一か月単位の変形労働時間制における「特定」は事後的な変更を一切予定していないものと見る余地もないではないからである。

しかし、関係規定上、一か月単位の変形労働時間制においては変更に関する定めが置かれていないということをもって、就業規則中に設けた変更条項に基づいてする変更が全く許されないとの根拠とすることはできないものといわざるを得ない。けだし、一週間単位の変形労働時間制においては、もともと就業規則において労働時間を定める建前にはなっていないことから、その変更についても就業規則に留保すべきところではなく、使用者の裁量によって変更を行う場合についての定めが置かれているに過ぎないものといえ、このことからすれば、労基法が一か月単位の変形労働時間制について変更が許される場合に関する定めを置いていないのは、使用者の裁量による変更が許されないという趣旨にとどまるものであって、就業規則上の留保を禁じた趣旨に出たものとまではいえないと解されるからである。

そして、前記のとおり、労基法三二条の二が就業規則による労働時間の特定を要求した趣旨が、労働者の生活に与える不利益を最小限にとどめようとするところにあるとすれば、就業規則上、労働者の生活に対して大きな不利益を及ぼすことのないような内容の変更条項を定めることは、同条が特定を要求した趣旨に反しないものというべきであるし、他面、就業規則に具体的変更事由を記載した変更条項を置き、当該変更条項に基づいて労働時間を変更するのは、就業規則の「定め」によって労働時間を特定することを求める労基法三二条の二の文理面にも反しないものというべきである。

もっとも、労基法三二条の二が就業規則による労働時間の特定を要求した趣旨が、以上のとおりであることからすれば、就業規則の変更条項は、労働者から見てどのような場合に変更が行われるのかを予測することが可能な程度に変更事由を具体的に定めることが必要であるというべきであって、もしも、変更条項が、労働者から見てどのような場合に変更が行われるのかを予測することが可能な程度に変更事由を具体的に定めていないようなものである場合には、使用者の裁量により労働時間を変更することと何ら選ぶところがない結果となるから、右変更条項は、労基法三二条の二に定める一か月単位の変形労働時間制の制度の趣旨に合致せず、同条が求める「特定」の要件に欠ける違法、無効なものとなるというべきである。

(四) そこで、被告就業規則六三条2項にいう「業務上の必要がある場合、指定した勤務を変更する」との定めを見ると、特定した労働時間を変更する場合の具体的な変更事由を何ら明示することのない、包括的な内容のものであるから、社員においてどのような場合に変更が行われるのかを予測することが到底不可能であることは明らかであり、労基法三二条の二に定める一か月単位の変形労働時間制の制度の趣旨に合致せず、同条が求める「特定」の要件に欠ける違法、無効なものというべきである。

そうすると、同条項に基づき、被告(鈴木所長)が、本件工事に係る検査官の都合により竣工検査の日程が変更されたことを理由として、原告らの勤務について行った本件各命令は、その内容とする勤務を命ずるについての業務上の必要性が認められるとしても、労基法三二条の二との関係では、同条が求める「特定」の要件を欠く違法なものとして効力を有しないものといわざるを得ない。

3  割増賃金の算定等

(1) 以上によれば、本件各命令、特に、本件各変更部分に係る労働による労働時間は、被告就業規則五三条(1)号にいう所定労働時間に当たらず、したがって、同規則一一一条1項にいう「正規の勤務時間外」の勤務に係る労働時間として、同規則上の割増賃金の一種である超過勤務手当(同規則一〇六条(1)号参照)の支給対象となることが明らかである。

なお、労基法三二条の二に定める一か月単位の変形労働時間制においては、一日当たりの法定労働時間を超えた労働時間が特定されている日については、右特定された労働時間を超えた労働時間のみが時間外労働の時間になるとともに、一日当たりの法定労働時間以下の労働時間が特定されている日については、右特定された労働時間を超えて労働が行われたとしても、右の法定労働時間の範囲内にとどまる限り(単位期間の総法定労働時間の枠内に収まることを前提とする。)、右超過した労働時間は、時間外労働の時間になることはないものと解される。そして、被告就業規則六六条2項は、このこと(特に後者)を前提として、「会社は、……業務上の必要がある場合、所定労働時間外……において、労基法三二条の二に規定する労働時間に達するまで、社員に臨時に勤務を命ずることがある。」旨定めているものと考えられる。

しかし、被告就業規則一一一条1項にいう「正規の勤務時間外」の「勤務」には、同規則六六条2項にいう臨時の勤務が含まれるものと解されるところ、右臨時の勤務には所定労働時間外の勤務が含まれることは同項に明らかであるから、労基法三二条の二との関係では、一日の法定労働時間の範囲内に収まるため本来時間外労働に当たらない労働であっても、所定労働時間外の勤務である以上は、被告就業規則一一一条1項により、超過勤務手当の支給対象となるものというべきである。これと異なる被告主張は、被告就業規則の関係規定に照らして、採用することができない。

(2) そこで、本件各変更部分に係る労働による労働時間についての割増賃金の額を算定すれば、原告田中は、平成七年三月一五日の七時間三〇分の労働時間に対するものとして二万三一三五円(計算式 2372.82円×1.30×7.5時間=23134.995円)、原告小村は、同年三月一六日の一五時間の労働時間(なお、被告就業規則一一〇条1項ただし書によれば、超過勤務手当を計算する場合の時間計算については、勤務が二暦日以上にまたがる場合は、勤務開始日の整理とするものとされている。)に対するものとして四万二〇二一円(計算式 2154.88円×1.30×15時間=42020.16円)の割増賃金(超過勤務手当)の支払請求権を有するものと認められる。

(3) ところで、被告は、本件各命令が勤務の特定後の有効な変更に当たらないとして変更後の勤務を時間外労働として扱う場合、原告らにつき当初指定されていた勤務内容と本件各命令によって就いた勤務とを対比すれば、(ア)非番付与に伴う控除を行っていないこと及び(イ)時間外割増賃金との併給が禁止されている交代制等勤務手当を支払済みであることにつき、それぞれ過払が生じているから、原告らに対して支払うべき割増賃金から右各過払分が控除されるべきである旨主張するとともに、このような見地に立って右各過払分を控除するなどした後の割増賃金額等差引額を既に支払った旨主張している。そして、被告主張の(ア)(イ)の点については、本件各命令が勤務の特定後の有効な変更に当たらないものとし、変更後の勤務を時間外労働として扱う場合、原告らに支払うべき割増賃金(超過勤務手当)から、原告田中については平成七年三月一六日、原告小村については同月一七日が非番付与に当たるものとして、被告賃金規程一一二条によって算出された金額を控除するものとすること及び原告らについて既に支給してある交代制勤務手当の金額を同規程九七条1項に基づいて控除するものとすることは、被告賃金規程の関係条項の解釈上は、理由のないことではないと考えられる。

被告が、原告らの有する前記割増賃金を支払うに当たって、これら各金額の控除を求めることは、賃金の過払の発生を避けるための相殺を求めることに帰するものであるところ、賃金支払事務においては、一定期間の賃金がその期間の満了前に支払われることとされている場合には、支払日後期間満了前に減額事由が生じたとき又は減額事由が賃金の支払日に接着して生じたこと等によるやむをえない減額不能又は計算未了となることがあり、あるいは賃金計算における過誤、違算等により、賃金の過払が生じることがあるのは避けがたいところである。このような場合、これを清算ないし調整するため、後に支払われるべき賃金から控除することができるとすることは、右のような賃金支払事務における実情に照らし合理的理由があるといい得ることなどを考えると、適正な賃金額を支払うための手段としての相殺は、その行使の時期、方法及び金額等に照らして、不当なものと認められないものであれば労基法二四条一項の禁止するところではないと考えられる(最高裁昭和四四年一二月一八日第一小法廷判決・民集二三巻一二号二四九五頁、最高裁昭和四五年一〇月三〇日第二小法廷判決・民集二四巻一一号一六九三頁参照)。

しかし、本件において、原告らが支払を求める割増賃金は、被告が本来平成七年四月二五日に支給しなければならなかったものであるのに対し(被告賃金規程四条参照)、被告が原告に対し過払分の控除後のものとして割増賃金等差引額の支払をしたのは、後記(4)のとおり、所定の支給日から三年余も経過した平成一〇年八月初めころであること、被告が過払として相殺を求める金額は、賃金支払当時の減額不能、計算未了や過誤、違算等のいずれによって生じたものでもないことなどの事情に照らすと、数額が小額にとどまることなどを考慮に入れても、これらを過払分として割増賃金債権との相殺に供することは、もはや精算調整のらち外にあるものとして、労基法二四条一項に反し、許されないものといわざるを得ない。

(4) 証拠(乙七の1、2、八の1、2、九の1、2、証人松木茂)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件訴訟が係属した後の平成一〇年八月初めころ、割増賃金等差引額の趣旨で、別紙「支払額計算書」①②各記載のとおり、原告田中に対し四二四〇円、原告小村に対し三六四七円、をそれぞれ送付し、原告らはこれを割増賃金債権に対する弁済期の後である平成七年四月二六日から、原告田中について平成一〇年五月一三日分まで(一一一四日分)、原告小村について平成八年一〇月三日分まで(五二七日分)、の各商事法定利率年六分の割合による遅延損害金債務に充当した事実が認められる。

4  付加金

原告らは、被告の割増賃金の不払につき、付加金を課すべきことを求めているが、原告田中は平成七年三月一五日に、同小村は同月一六日に、それぞれ、一日の法定労働時間である八時間を超えて労務を提供し、労基法三七条所定の時間外労働を行ったものと認められるものの、後記二2認定の事実によれば、被告が時間外労働に伴う割増賃金の支払をしないのは、労基法三二条の二に関する法的見解に基づき、その支払義務を有しないものと判断していたものと認められること、その他、本件に顕れた諸般の事情を勘案すれば、被告に対して付加金を課するのは相当ではないというべきである。

二  争点2(原告らの被告に対する損害賠償請求権の有無)について

1  原告らは、被告が、横浜北労基署から是正勧告を受けた平成七年三月以後、本件各変更部分による原告らの勤務に対する割増賃金支払義務を負っていることを十分に認識していたにもかかわらず、故意にその支払を拒否したことが不法行為に該当するとして損害賠償を求めているものである。

被告が本件各変更部分による原告らの勤務に対する割増賃金支払義務を負うことについては、前記一3(2)のとおりであり、鈴木所長が原告らの勤務について行った本件各命令は違法無効なものといえるから、被告は原告らに対し、指定済みの勤務と異なる本件各変更部分による原告らの勤務に対する割増賃金支払義務を負い、これを支払わないことは違法な賃金不払に該当する。

そこで、被告が割増賃金の支払をしないことが違法であることを知りながら故意に、又は違法であることを知ることができたのに過失によりこれを知らずに、支払をしなかったものであるか否かについて(原告は過失による不法行為の成立をも主張しているものと善解する余地がある。)、以下に検討する。

2  証拠(甲一、二、三、七、八、九、一一、三七、三八、四一、乙五、六、一一の1、2、一二の1、2、証人伊藤嘉道、同鈴木守夫、原告ら各本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告の営む鉄道運送業務においては一定の人員の出面を確保する必要性から、被告の設立後、勤務の特定後の所定労働時間の変更に関する規定が被告就業規則に継続して置かれ、社員の年次有給休暇の取得申請等に対応して業務に就く人員を確保する必要に応じ、多数の勤務の変更が行われてきた。実際に勤務の変更が行われる場合として一番多かったのは、社員の年次有給休暇申請その他の欠勤が生ずる場合であり、そのような他の社員の休暇申請等の場合については、被告設立前の国鉄時代から、勤務変更の打診を受けた他の社員は特に予定がない場合であれば協力するケースがほとんどであり、その場合、特定された勤務日の出勤に差し支えが生じた社員は、特定された勤務が変更されることにより年次有給休暇を使用せずに済む利点もあった。

(二) 横浜北労基署は、平成七年三月二〇日、センターにおける勤務の変更について、労使双方に対し、一か月単位の変形労働時間制の下でいったん指定した労働時間を天候や工事の都合で変更することはできない旨の見解を示し、平成八年二月二七日には、被告に対し、一か月単位の変形労働時間制を採用している被告が、労働時間が八時間を超えて定められていない日に八時間を超えて労働させた場合につき割増賃金を支払わないのは労基法三七条違反であるとして、同年三月末までにこれを改善するように指導した。

他方、被告は、国労東日本本部と被告本社との間で協議を行い、現実に生じる事態に対応し、かつ、労基法三二条の二の趣旨を尊重した労使間のルールを作成するため、双方で案を出し合い、二年近い労使協議を行うとともに、他組合との間でも協議を行い、その結果、被告の各組合との間で、指定された勤務の変更に係る就業規則の改正を含めた改正案を提案して団体交渉を行い、平成九年九月には被告の社員の過半数を占める組合との協議が妥結したことから就業規則の改正手続を行い、変更後の取扱いに関する説明用の資料を作成するなどの経過を経て、同年一一月社達第三二号をもって被告就業規則を改正し、「指定した勤務については、別に定めるとおり取扱い、任意に変更しない。」(六三条3項)旨定めるとともに、右にいう「別の定め」として人事部長通達「一旦指定した勤務及び休日等の取扱いについて(通達)」(平成九年一一月本人第五四一号通達、平成一〇年本人第一号通達)を発し、変形期間の開始後における勤務指定の変更事由を、他の社員の欠勤、転勤、解雇等、ダイヤ改正業務執行体制の変更、臨時列車、警備の必要、争議の発生、非常災害、急遽団体添乗業務が必要となった場合、天候状況等による作業の変更等として個別具体的に列挙して規定するに至った。

(三) 一か月単位の変形労働時間制の下で就業規則に変更条項を置き、これに基づいて特定後の労働時間の変更を行うことが適法であるか、どのような場合に適法とされるか等については、本件各命令当時から今日に至るまで、学説においては異なる複数の見解が対立し、裁判所の判決等を通じて一定の結論が示されたようなこともなかった。

3  以上の事実関係の下では、これまで、被告において、本件各命令、特に本件各変更部分が違法であること、ひいては原告らに対する割増賃金の未払が違法であるとの認識を有していたとか、過失により認識し得なかったとかの事実を認めることは、到底できないものというべきである。

4  したがって、原告らの被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

第四  結論

以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、主文掲記の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとし、仮執行宣言については相当でないからこれを付さない。

(裁判長裁判官・福岡右武、裁判官・矢尾和子、裁判官・西理香は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官・福岡右武)

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